ファインファイバー技術を活用した”着る角層ケア”誕生秘話
花王は、化粧液をとても細い繊維状にし、肌に直接吹き付けることで、肌の上に積層型の極薄膜をつくる独自の新技術「ファインファイバーテクノロジー」を2018年に開発しました。2024年4月、乾燥性敏感肌を考えるスキンケアブランド「Curél」から、この技術を用いた、従来の“ぬる”ケアとは違う新発想のスキンケア、“着る角層ケア”が誕生しました。
今回は、乾燥性敏感肌の方の役にたちたい、そんな熱い想いで『キュレル 着る角層ケア<カートリッジ>』の化粧液を開発した、スキンケア研究所の北島恵理子研究員・吉野達也研究員と、専用機器『ヴェールクリエイター』を開発した包装技術研究所の菅原博勝研究員・小林遼研究員を取材しました。
たくさんの方からお悩みを聞くうちにひらめいた、“肌を膜で覆ってしまう”という発想
——なぜ乾燥性敏感肌の方に「ファインファイバーテクノロジー」を用いたケアを提案しようと思ったのですか。
スキンケア研究員 北島:これまで、私たちは乾燥性敏感肌の方々の声に耳を傾け続けてきました。そしてある時、もしも乾燥している肌の上を、この極薄膜で覆ってみたらどうなるだろう、と思ったんです。もしかしたら、角層と同じように乾燥から肌を守る、肌にとって良い働きをしてくれるのではないかと考えました。
——角層はどんな働きがあるのですか?
北島:角層には3つの役割があります。ひとつめは、肌内部から水分が逃げるのを抑えるバリア機能、2つめは、肌外部からの外部刺激を防ぐバリア機能、そして3つめは角層自体に水分を保つ機能です。
——とても大事な役割ですね。
北島:そうなんです。しかし、乾燥性敏感肌の方の肌は、乾燥から肌を守る角層のバリア機能が低下して、水分が逃げやすく、外側からの刺激も受けやすい状態になっています。
——だから乾燥性敏感肌の方に向けて、この「ファインファイバーテクノロジー」を用いたケアを開発しようと思ったのですね!
大雨の日に発見!繊維から保湿成分がしみ出す新技術
——どのように研究を進めてきたのですか。
スキンケア研究員 吉野:乾燥性敏感肌の方々に、気軽で簡単にご使用してもらえることにこだわりました。普段使用しているアイテムを変えたくない方も多いと思い、いつものスキンケアの最後にプラスするだけで、保湿効果をしっかり感じていただける商品にしたいと考え、研究開発を進めてきました。
——普段のスキンケアに取り入れやすく、習慣化しやすいことにこだわったのですね。
吉野:そうなんです。そのために使いやすさにもこだわりました。今回応用した繊維を吹きつける技術は、もともと工場など環境が整った場所で利用されている技術なのですが、それを家庭で簡単に使えるようにすることにとても苦労しました。例えば、湿度が高いところでは吹きつけが安定しないという難点がありましたが、お風呂あがりの湿度の高い洗面所でスキンケアをされる方も多いはずなので、そこをクリアすることも大きな課題でした。この点は、包装技術研究員と一緒に考えて検討してきました。
——普段のスキンケアを変えずにしっかり保湿効果を実感いただけること、簡単に極薄膜が作れること、この2点が肝だったわけですね。
吉野:はい。日々、さまざまな成分を配合して検証を繰り返しました。すると、ある保湿成分を配合したときにだけ、吹きつけた繊維からその保湿成分がしみ出して、繊維が積み重なった極薄膜が保湿成分で満たされていく現象を発見しました。この保湿成分で満たされた極薄膜で肌を覆ったら、肌を乾燥から守ることができるんじゃないか!と思いました。また、偶然この日は大雨で湿度がとても高い日でした。それにもかかわらず、この処方は、繊維を安定して吹きつけることができており、2つの課題が一気に解決できた日でした。
——まさに運命の日ですね!
吉野:そうですね!吹きつけた繊維から保湿成分がしみ出す「ブリードアウト技術」の開発で、大きく研究が前進しました。
北島:ここからはベストな処方を見極める研究になっていきました。使用する成分の種類をなるべく少なくし、かつ効果を発揮するシンプルな処方を探りました。
吉野:ひとつひとつの原料の効果を最大限に引き出す処方の検証を重ね、保湿効果の精度を高めると同時に、肌の明るさやなめらかさにもアプローチしたいと考えていました。いつも試作品を試していた自分の左手でも手ごたえを感じ、ようやく自信をもって完成といえる処方が出来上がったと思いました。
簡単&時短。スキンケアは毎日のことだから、機器の使いやすさもとことん追求
——専用のデバイスの開発はどうでしたか?
包装技術研究員 菅原: 簡単、快適に使える機器をめざしました。吹きつけ技術の研究、構造の開発、制御システムの開発、どれが欠けても成り立たず、トータルのバランスを考慮して試作を続けました。
包装技術研究員 小林:簡単に使用いただくためには、吹きつけやすさと短時間でできることが大切なのですが、この2つを両立させるのはとても難しかったんです。
——というと?
小林:簡単に使用いただくためには、お顔の狙った位置に吹きつけられるよう、機器と肌の距離が近い必要があります。しかし、今回採用した繊維を吹きつける技術は、吹きつけるときに、機器から吹きだした液体を素早く乾燥させて、固体(繊維)にしているため、機器と肌の距離が近いほど、液を乾燥させることが難しくなってしまうんです。狙った位置に吹きつけることができることと、液を素早く乾燥させることはトレードオフの関係なんです。
——それはどのように乗り越えたのですか?
小林:化粧液の処方に入っている成分が変わると、吹きつけやすさがすごく変わってしまうんです。化粧液の処方と機器の相性はとても大事なので、何度も検討しました。新しい試作品ができるとすぐに吉野さんが届けにきてくれたので、私たちは一心同体のように長い時間を過ごし一緒に研究を進めてきたのです。
小林:突破口となったのは機器のノズルの形状でした。ノズル先端の形状の微妙な寸法にもこだわり、100個以上の試作を繰り返しました。そしてついに、近い距離からでも液を乾燥させ、安定して吹きつけられるようになりました。さらに、より多くの繊維を密に作ることで、短時間で極薄膜を作ることができるものにたどり着いたんです!
——簡単も時短も叶えたわけですね!ほかにもたくさんの技術がつまっていそうです。
菅原:そうなんです。実は、吹きつけボタン一つを押している間に、機器の中では複雑な動作をしています。ノズルが開き、適切な量の液が出るように制御回路が働いて、肌に吹きつけます。ボタンを離すとまた違った動作で、次回使用時に快適に使える状態にしています。パーツひとつひとつの精度や、パーツ同士の相性が完璧で、さらに機構と制御がバランス良く設計されていないと機能しないので、本当に苦労しました。
——そんなに複雑なしくみだったとは!
菅原:いざ量産をしようとすると研究所での試作品と同様の精度にならず、何度も生産工場があるタイと日本を行き来しました。妥協せずに粘り強く品質を追求した結果、やっと自信をもって世に出せる機器を量産できるようになりました。
菅原:ようやく完成した日、研究の日々が走馬灯のように思い出されて、諦めなくてよかった、良い商品をつくることができた、と胸がいっぱいになりました。
北島・吉野・小林:うんうん。大きく頷く。
乾燥性敏感肌のスキンケアを「義務」から「楽しみ」に変えたい!
——最後にこの開発にこめた想いをお聞かせください。
北島:肌悩みを抱えながらどうしていいかわからない方に寄り添いたい、頼ってもらえるものを作りたい、そういう想いで研究を続けてきました。肌を健やかに保ち明るい気分で日々過ごしていただけるよう、少しでも貢献できたらと思っています。
吉野:乾燥性敏感肌の方々はとても丁寧にスキンケアをしている印象があります。その一方でスキンケアを義務のように感じてしまい、楽しめなくなってしまうことがあるのではないか、と思っていました。従来のスキンケアとはちょっと違う方法で、スキンケアにわくわくを感じてもらい、楽しんでいただけたらと思います。
編集後記
開発に携わった4名の研究員の想いを聞き、1つの商品が出来上がるまでの背景には、たくさんの社員の努力が詰まっていることを改めて感じ、胸が熱くなりました。この想いが届き、ひとりでも多くの乾燥性敏感肌の方のお役にたてることを願っています。この記事をきっかけに“着る角層ケア”という「Curél」における新しいケア方法をたくさんの方に知ってもらえますように!